新緑は生命輝く季節―岳岱自然観察教育林
世界自然遺産・白神山地はブナの森。ほぼ手つかずの遺産地域と同様の森を、気軽に歩けると人気なのが「岳岱自然観察教育林(だけだいしぜんかんさつきょういくりん)」。その魅力は数々あれど、新緑の時期のさわやかな空気感は、ぜひとも味わってもらいたいものだ。
森の主「400年ブナ」に出会う
岳岱自然観察教育林。非常に長いので、ここではシンプルに「岳岱」と呼ばせてもらおう。
この森を語るときに、欠かすことのできないのが「400年ブナ」の存在だろう。
まさしく白神山地のシンボル、森の主とも呼べる存在で、独特の存在感で来訪者を出迎えている。
藤里町のガイド団体である「秋田白神ガイド協会」のガイドに話をうかがうと、いつまでこのままでいられるかは保証ができない状態なのだという。一般的にブナの平均寿命は200年前後といわれる。その年数をとうに過ぎているうえに、片腕とも呼べる大枝が台風の影響のために折れてしまっている。しかし、それから約20年。変わらずに森を見守り続けている。
2018年には青森県の津軽峠にある「マザーツリー」が台風の影響で倒れてしまっている。この400年ブナにも、まさに突然お別れの時がくるかもしれない。
まだ訪れていない方はぜひ早めに、一度でも訪れている方なら再会しに、岳岱を訪れてほしい。
歴史の転換点を物語る森
実は岳岱はブナを中心とする落葉広葉樹の森ではあるのだが、秋田杉が生えているエリアもある。なぜか?
答えは単純明快。人の手によって植えられたからだ。
ブナは「橅」と書き、かつては何物にも利用しにくい無用の樹木とされていた。そのため、特に戦後になってから、ブナは伐採され秋田杉が植えられるようになった。ただ、安い外材や合板にとってかわられると、今度は秋田杉の利用価値がなくなり、それと呼応するように自然保護という観点も生まれ、ブナの伐採も行われなくなったのだ。その名残が、秋田杉のエリアである。落葉広葉樹の森との境目は驚くほど明確に分かれていて、ここが歴史の境目であることを教えてくれている。
森に響き渡る大合唱の正体
5月下旬から6月上旬にかけては、岳岱が一年の中で最もにぎやかな季節だろう。
その理由のひとつが「エゾハルゼミ」。我々がイメージするセミは真夏に鳴くものだが、このセミにとっては、まさしく新緑の時期が「鳴き頃」。
かまびすしいことこの上ないほどの大合唱。しかし、いつもは静寂に包まれるこの森も、この時期ばかりはにぎやかだ、と形容したい。逆にこの時期に訪れてから、真夏や秋に再訪すると、森の静けさがより一層際立つ。そのような楽しみ方を「岳岱ファン」としてはおすすめしておきたい。
泡で守られる生命たち
一方、水辺ではまた新たな生命を生み出そうと頑張っている生きものもいる。そのひとつが「モリアオガエル」。400年ブナを後にして、木道を奥のほうに進んでいくと左手に小さな池がふたつ現れる。ここがいわゆる「モリアオガエルの池」。このカエルは卵を木の枝や草に産むことで知られるかわったやつだ。
まずは、水面に伸びた木の枝の上で、一匹のメスに数匹のオスがしがみつき、産卵と受精が行われる。と同時に粘液が分泌されるのだが、これをオスが足でかき混ぜるのだ。そうしてできるのが白い泡状の卵塊。この泡で数百個の卵が守られ、孵化するとオタマジャクシが水の中に落ちるというわけだ。
運が良ければ樹上の卵塊や産卵の様子が見られるかもしれない。この時期の岳岱はそういった楽しみもあるのだ。
数千年変わらぬ生命の循環
新緑の時期の生き物たちの営みを紹介してきたが、やはり岳岱のメインはブナだ。
動物と同じくブナだって、これまで数千年もの間、その生命をつないできた。他の樹木と同様に、ブナも春に花を咲かせ、秋には実をつけ、地上に落ちた種子が発芽し、長い年月をかけて成長する。この新緑の時期には、前年の秋に落ちた種子が発芽し「赤ちゃんブナ」が顔を見せてくれる。
岳岱では木道脇のそこかしこで赤ちゃんブナが見られるが、森の一番奥まで進むとロープで囲った場所があり、さながら赤ちゃんブナの展示スペースのようになっている。彼らが数百年の後、どのようになっているかに思いを馳せながら、記念写真を撮ってあげてほしい。