コラム

2016冬 第2話「八森ハタハタ、しょっつる自慢のよめこたち」

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2016冬 第2話「八森ハタハタ、しょっつる自慢のよめこたち」

※このコラムは2016年冬頃に執筆されたものです。

かの民謡・秋田音頭の出だしは、あきた白神地域の八峰町八森で始まる。秋田県の一番北 だからなのか、それとも秋田県の県魚の産地だからか。 「秋田名物八森ハタハタ~♪」 実際に秋田音頭を聞かずとも、秋田といえばハタハタがすぐに頭に浮かぶし、端からみる と秋田県人のアイデンティティを成すもののように見える。

ハタハタ漁は11月下旬から12月にかけてが最盛期だ。ふだんは沖合の水深250~300mあ たりを回遊し、産卵時期に卵を産むために沿岸の藻場をめざして大群が押し寄せてくる。 その接岸したハタハタを獲る「季節ハタハタ漁」が盛んなのがここ八峰町の八森なのだ。

ハタハタを漢字で書くと、鰰。魚へんに神と書く。もしくは魚へんに雷とも書き、鱩。雷 鳴の轟く秋と冬の季節の変わり目に突然やってくることから、秋田では「カミナリウオ」 とも呼ばれている。なぜ八森にやってくるかというと、湾内に生息するギバサ(アカモク) という海藻に卵を産みつけるため。そう、産卵を控えたハタハタのおなかには、ぎっしり と卵がつまっている。その卵のことを“ブリコ”といい、ハタハタ好きにはたまらないごち そうなのだ。

ところがどっこい、八森の漁業に従事するよめこ(お嫁さん)が集まって「地元の食文化 を未来に残そう」と平成14年に結成した「ひより会」のみなさんは、「卵よりは身のほう がうまいっすな」という。なんと、卵はいらないというのだ。魚卵好きには信じ難い話!

「だって、身のほうはあっさりしていてたくさん食べられるじゃない?」。 なるほど。ハタハタ漁本場の八森では、身のほうを好む人が多いらしい。シーズン初めに 沖合の底引き網で獲る脂の乗ったハタハタの身は例えようのないおいしさだと秋田県内の 各地で聞いたが、まだ食べたことのない私は悔しいがそのおいしさがわからない。確かに、 どんなに魚卵好きだとしてもブリコはそんなにたくさんは食べられない。

うるち米とあわせてつくるハタハタの飯寿司は、秋田ではお正月の食べ物。ハタハタを漬けてから約3週間で食べごろになる伝統的な発酵食だ。

ひより会のみなさんにハタハタの食べ方を教えてもらったら、塩焼きに始まり佃煮、一夜 干し、フライ、甘露煮、唐揚げ、田楽などなど、各家庭で多種多様なメニューで作られて いた。ハタハタは、ウロコがなく、クセがないだけに調理がしやすい。一番多く挙ったの は、しょっつる(塩魚汁)鍋。ハタハタそのものをおいしくいただくなら、シンプルにし ょっつるとハタハタの組み合わせがおすすめだそうだ。しょっつるもハタハタからつくる 魚醤だけに、あきた白神地域では一家にひとつなくてはならない発酵調味料だった。

右からハタハタと塩を2年漬け込んだ「鍋通亭しょっつる」、10年じっくり寝かせた「しょっつる十年熟成」、頭部と内臓を除いた「しょっつる吟醸」。

しょっつるづくりは、かあちゃんの愛情かけて丁寧に

ひより会は、地域の伝統調味料であるしょっつるを復活させたのが結成して初めての活動 だ。昔はどの家も自家製で作っていたしょっつるだが、醤油の普及などもあり、だんだん と作る人がいなくなってしまったという。そこで、浜のかあちゃんたちは地元漁師の味を 無くしてはならないと一念発起。秋田県漁協北部総括支所漁協女性部の9名が集まり、試 行錯誤して販売できる商品としてのしょっつるをつくり上げた。

 

「もともとは、余った規格外の魚をどうしようかと話し合っていたんです。色んなご縁が あってまずは平成7年にしょっつるの開発を始めました。でも、発酵具合が難しくて失敗 だらけで。県の農業普及センターのお陰でいろんなところに研修に行って勉強して、今の やり方になりました」というのは、ひより会代表の岡本リセ子さん。最初は家でつくって いたので、家の前を通りがかった人たちも驚くくらいの臭気を放っていたとか。現在は、 ハタハタ漁シーズンが落ち着く12月後半から加工場でしょっつるづくりを始める。

ハタハタを塩に漬けて一ヶ月後。まだイキイキしているハタハタは少しずつふにゃふにゃになってきている。樽の中にはメスもオスも一緒に入っている。

◎ひより会のしょっつるのつくり方

20kgの樽が50個(合計1t)並ぶ姿は壮観。これを月に一度すべて撹拌して発酵を促す。夏は特に発酵が進むので念入りに。

1年経つと身が溶けて骨だけに。ここまで来るのに毎月1回はかき混ぜる。匂いはタイのナンプラーやベトナムのニョクマムよりは弱く、味もマイルド。

あらしぼりとして5〜6回濾す。まさに、塩と魚だけを発酵させたしょっつる(塩魚汁)の完成。タンクに入れて濁りを沈殿させ上澄みをボトリングする。

瓶詰めされたしょっつるは秋田市内のデパートや道の駅、都内のアンテナショップなどに 送られ、販売されている。鍋通亭が120ml で800円からなので、毎日使う調味料としては いい価格だが、八森の海で獲れたハタハタと塩だけの原材料で人の手をつかった労力のか かったものと思えば、高いようには思えない。

 

素材に数滴たらすだけで、納豆や炊き込みご飯、ラーメンなどは劇的に味が変わるという のだから、魔法の調味料のようだ。淡白な白身魚や鶏肉を料理するときにつかうと素材の 旨味が引き出され、コクがでますよ、と岡本さん。 「天然の調味料ですからね。おいしいですよ〜」。

 

まさに、八森の風土とともに醸されるしょっつる。秋田県民は、冬の初めのハタハタの到 来時期にはそわそわと心躍ると聞いたが、食べるだけには飽き足らず、調味料までもつく っていた。そのくらい漁獲高がある地域ということだ。

 

その実、秋田県ではピーク時の昭和40年代には2万tも獲れていたハタハタがどんどん減 少し、平成3年には70tとピーク時の0.3%までの漁獲量となった。それにより、平成4 年から7年までの3年間はハタハタを絶滅させないよう自主的に県全体を禁漁とした経緯 がある。

「昔はたくさん獲れたものだけどね、近年はあんまりハタハタが来なくなってしまってね。卵を産むための海藻がどんどんなくなってきたのよ」。と岡本さん。

どうやら、環境の変化により、ハタハタが卵を産みつけにくる岩場のギバサなどの藻場が少なくなっているという。

ひより会の加工所は漁港内にある。自然のまま、温度管理はしていない。あえていえば風を通すくらい。八森の気候風土そのままに醸される調味料だ。

そうはいっても、八森の漁師町では今も昔もハタハタ漁が1年のなかで一番重要な時期に変 わりはない。ハタハタという天然資源と結びつくしょっつるさえあれば、八森の若者たち がどこに移り住んだとしても、故郷のハタハタと八森の海を思い出せる。幼い頃につくら れた感覚の根っこ=アイデンティティのようなものは、どこに行こうとも踏ん張れる“力の 源”となるものだ。

 

ひより会のお陰で、八森のしょっつるづくりの伝統は途絶えずに済んだ。浜のかあちゃん の愛情はまるで目の前の海のように大きくて深い。その証拠に好き嫌いとは別に、未来に つなぐハタハタの卵を食べないしね。

八森の海にひより風が吹くとふっと波が穏やかになる瞬間があることから名づけられた「ひより会」。かあちゃんたちは、まさに町のひより風のような存在だ。

“ひより風吹けばまちは活気づく、よめこの想いは未来に継がれて”

◎テーマにちなんで、もう1軒!

夢工房 咲く・咲く

能代市にあるカフェスタイルのレンタルスペース。ランチのベトナムのフォーをイメージした「アジアン能代うどん」(700円)は、しょっつるとレモンの風味がベストマッチ!ひより会のしょっつるやしょっつるあたりめも購入できる。

※このコラムは2016年冬頃に執筆されたものです。

朝比奈 千鶴

トラベルライター。「暮らしの延長線の旅」をテーマに活動。2016年2月、喜久水酒造(能代市)での酒造り修行を終了し、「108代醸蒸多知」の称号を得た。各地で出会った残すべき情景をモノやコトとして編集するほか、著書『Birthday Herb 』(朝日新聞出版)では薬用ハーブのある旅と暮らしのエッセイを綴っている。

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