コラム

2015夏 第5話「勢いあふれる、夏の祭りをあるく夜」

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2015夏 第5話「勢いあふれる、夏の祭りをあるく夜」

※このコラムは2015年夏頃に執筆されたものです。

能代の夏は少し奇妙だ。いったい何が奇妙かというと、8月に入ると大きな灯籠が町を流す2つの七夕イベントが続けて行われるから。

まず、8月3、4日には、100年前の大型城郭灯籠を復活させたイベント「能代七夕 天空の不夜城」が2日間行われた。そして1日開けて6、7日には、1000年以上前からの歴史を持つ大きなシャチホコの乗った灯籠が町を流す祭り「能代ねぶながし/役七夕」が開催。
どちらも「わっしょいわっしょい」と灯籠を曳くかけ声と、「ちょーれーちょーれーちょごれごれごれん」という短調のお囃子で踊るだけあって一見似たような催しに見えるが、成り立ちや目的は全く異なるものらしい。なぜ、2度も行われるかというと、通り過ぎるだけの旅人にはよくわからない。ただ、両方を見学しに出かけたものとしてはどちらも目に楽しいものだ。特に、大きな城郭型の灯籠が町の中を威風堂々と移動していくさまは迫力がある。

「天空の不夜城」の大型城郭灯籠。来年、1月8日から東京ドームで開催される「ふるさと祭り東京2016 日本のまつり・故郷の味」に登場する予定。

2年前に復活したという「天空の不夜城」イベントはその名の通り、夏の夜空に真昼が戻 って来たような明るさ、豪華絢爛な派手さがあった。18時30分に能代市役所交差点を出発 した灯籠は、20時すぎまでは元気なかけ声や笛の音とともに町を流す。観光客の私はイオ ン前での最後の盛り上がりに照準をあわせ、近くの「ホッピーハウス能紀(のんき)」で 能代名物「豚なんこつ」を食べながら3基の灯籠が揃うのを待った。店内はお客さんでい っぱい。火曜日にもかかわらず予約なしで店に入れたのはラッキーだった模様。能代の豚 なんこつは、赤身肉となんこつ部分がくっついているので煮込みでも焼きでも、やわらか さとコリコリっとした歯ごたえが楽しめる。市内にある30軒近い豚なんこつを食べられる 店は、この日は大繁盛だったはず。なんこつで一杯(正確には2杯)やって賑わいの中に 飛び込んでみた。

宴もたけなわになるまで、イオン近くの居酒屋で能代名物「豚なんこつ」を堪能。能代の夜はこれがないと始まらない!

イオン前に灯籠が出揃い、お囃子の音もいっそう大きく響いてきた。道路に出たらあふれ んばかりの人、人、人。Tシャツを腕まくりした男女がお囃子にあわせて元気よく踊ってい る。正直、能代にこんなに若い子がいるとは思っていなかったので驚いた。「能代の夏は こんなもんじゃないぞ〜!」という発声にあわせ、「お〜〜っ!」とひとしきり盛り上が る若者たち。片足ずつぴょんぴょん跳ねながら踊り続けている彼、彼女らに、いくら踊っ て合いの手で叫んで発散しても足りないほど有り余るエネルギーを感じた。でも、これは 祭りではなく、あくまでも観光イベントなのである。

お囃子に乗って熱狂する、若者たち。役七夕は五丁組に属する町に住んでいないと参加するのは難しいが、不夜城ならば多くの市民に参加チャンスがある。

伝統の夏の風物詩に、血が騒ぐ能代っ子

「天空の不夜城」のショーアップされた壮大な灯籠と賑やかなムードを見る為の観光ツアーもあるそうだが、一方、2日後の8月6日から2日間行われる「能代ねぶながし/役七夕」の持つムードは、旅行者が楽しみに行く「観光用」のものではないことは確か。

天空の不夜城から2日後だというのに、多くの人が昼間から灯籠の回りに集まって賑わっていた。こちらはどことなく威厳のある雰囲気が漂う。

ねぶながしは眠流しと漢字で書くのだが、お正月から半年間の身の穢れを祓う「夏越(な ごし)の祓(はらえ)」のために人形(ひとかた)の型代(かたしろ)を流す神送りの行 事が、夏の睡魔を追い払う行事として発達したものという説や、阿部比羅夫や坂上田村麻 呂が蝦夷との戦いの際に灯籠で威嚇したのがはじまりという説など諸説あり、その起源は はっきりとわからない。七夕の季節に行われるのは、同様に禊祓(みそぎばらい)を行う 七夕流しにちなんでという説がなんとなくしっくりくる。役が頭につくのは、七夕にかか わる人たちがそれぞれ役を持ち、灯籠をもつ五丁組のなかで当番となる組が5年に一度役 を持ち回りするためといわれている。

各丁組は会所とよばれる集会所を設け、中に祭壇があり、祝いの酒などが飾られている。8月1日の会所開きから役七夕は始まるといわれており、夜な夜な男衆が集まる。

七夕をするにも各町で重要なのは「お金」と「人」。お金がないと、神様を祀り、人びと が寄りあう会所の運営もままならないし、町内で人が集まらなければ、灯籠の曳き手や笛、 太鼓を鳴らす人たちを呼んで来て給与を渡さなくてはいけない。当日には、人数分のお弁 当やお酒の準備がいるし、灯籠のメンテナンスにもお金がかかる。天空の不夜城は市の観 光振興を目的としたものでスポンサーは大きいが、役七夕は神事のため各町で財政を負わ ないといけない。だから、お財布事情によっては灯籠を出せない組も出てくるのだと聞い た。

 

能代では、いつも春先には今年は役七夕をやるのかという話になるという。「七夕理屈」 という言葉が存在し、無理な理屈を押し通して進めようとしている組に口出しをする人た ちが出てきたり、「金は自前なんだから放っておいてくれ」となったりとヨソモノにはわ からない、能代という町の性格がこの2つの七夕には隠されているようだ。日本海の大き な港町・能代の人たちの気性は、少し荒めで祭り好きというのは納得できる。

子どもの頃から役七夕のお囃子を聞いて育つ子どもたち。代々地域に継がれている祭事だけに、祭りの時期が近づくとDNAレベルで血が騒ぐと聞いた。

役七夕の初日に、別件で住民と話している最中に七夕のお囃子が聴こえた。すると「今年 は見に行かなくてもいいわね」と、どうやら持ち回りの組が参加しない年はまるで他人事 のように捉えているようなところもあり、祭りを執り行う当事者のための七夕なのだろう かと推測した次第。でも、祭りとはそもそも祭りを行う人たちのものとして始まったもの とされているから、案外、そっと物陰から見学させてもらうくらいが旅人にとっては面白 いのかもしれない。

しゃちほこが向き合う名古屋城の天守閣のようなかたちは、天保年間に大工の宮腰屋嘉六が名古屋城を模して作ったのが始まりといわれている。

それはそうと、幕末期に登場したとされる名古屋城をかたどった城郭灯籠に描かれた模様 や色使いは、「天空の不夜城」も「役七夕」も近くに寄ってずっと眺めていたくなるほど 美しい。「役七夕」の灯籠に比べ、「天空の不夜城」の灯籠は高い上に裾がすぼまってい て不安定だが、まるでタイのワットプラケーオ(エメラルド寺院)の壁画に描かれた叙事 詩「ラーマキエン」のごとき物語性のある歴史の一場面には目が釘付けになる。

上町で見かけた「役七夕」を描いた壁画。能代市民の精神的な支柱のひとつといっても過言ではない、夏の大きなお祭りだ。

一方、「役七夕」の灯籠は寸胴型で安定感がある。上に乗っている巨大なシャチホコは、 最終日に鯱(シャチ)流しとして、ゆったりと切ないお囃子のメロディにあわせて上の部 分だけ川に流されていくという。それを能代市民は涙を流しながら見守るらしいのだが、 残念ながら私は見逃してしまった。電線が多い現代の狭い町の中をシャチが倒れたり立っ たりする姿はユーモラス。もし、役七夕を見に行くなら、町を流している様子を見てほし い。特にコーナーを攻める様子に注目だ。

以前は、男性しか灯籠を曳けなかったのだが、人手不足もあり、現在は女性も綱を曳けるようになった。

灯籠に乗る人たちはベテランが多い。灯籠を曳く人たちに指示を出すことも。若者よりも熱くお囃子を叫んでいる人もいて、年齢とともに祭り熱も高くなっている模様。

そういうわけで、7月後半から役七夕にかけて能代の町は祭り期間だ。 老人は「いがねばね!」とすっくと腰を立てて出かけ、若者は踊ってエネルギーを発散さ せる。役七夕は、以前は参加できる人が五丁組の男性だけに決まっていたのだが、現在で は元気な女性たちが笛を吹く。一方、「天空の〜」は市民みんなが参加できるようなオー プンなムードがある。

 

正直にいうと、今のところ物見遊山の私にとってはどれも同じようにも見える。地元の人 に聞いてみても、ふたつの催しの違いについて明確に即答できる人は私の聞いた中ではい なかった。そういった町のムードを客観的に眺められるのも旅人の特権なのだろう。ここ にはこんなことが営まれているのだなあと、記憶を持ち帰るのが旅の醍醐味なのだ。なん たって、能代人にとっては、血が騒ぐ祭りなのだからそんなことどうだっていいんだと思 う。おそらく。そういう祭りのほうが祭りらしくて、私は好きだな。

翌日は灯籠上部のシャチのみを外し、いかだに乗せて米代川に焼きながら流す「シャチ流し」が行われた。哀愁を帯びたお囃子がなんともいえず切なく、涙する人もいるという。

“宵闇に輝く七夕の光は、まちの希望と未来をのせて”

 

◎テーマにちなんで、もう一軒!

能代鎮守 日吉神社

7月26、27日に行われる御神幸祭の舞台で、2日間に渡り、かつて神社があった清助町に ある御旅所へ神様を五丁山の神輿に乗せて練り歩く荘厳な祭りが行われる。能代では地域 を守る氏神として市民に愛されている。隣には木都能代の父といわれている井坂直幹の遺 品や木材産業史料を展示する井坂記念館がある。

※このコラムは2015年夏頃に執筆されたものです。

朝比奈 千鶴

トラベルライター。「暮らしの延長線の旅」をテーマに活動。2016年2月、喜久水酒造(能代市)での酒造り修行を終了し、「108代醸蒸多知」の称号を得た。各地で出会った残すべき情景をモノやコトとして編集するほか、著書『Birthday Herb 』(朝日新聞出版)では薬用ハーブのある旅と暮らしのエッセイを綴っている。

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