2016冬 第3話「郷土の暮らしを食で体感、あきた白神は民宿の宝庫」
※このコラムは2016年冬頃に執筆されたものです。
民宿が好きだ。たぶん、あまたあるアコモデーション(宿泊施設)のうち、一番好きなの が民宿だ。なんたって民宿の魅力は、こんなに情報社会になっているのにも関わらずホー ムページが未だないところも多く、当たり外れが全く予想できないところにある。実際に 現地に着くまでのギャンブル感、そのなかで大当たりの宿に当たったときに得られる高揚 感、満足感は旅の醍醐味だと思う。そう、まるで新酒や新米をいただくときのような“蓋 を開けてみないとわからないぞ”的なわくわく感そのものが民宿に泊まる面白さといえる だろう。
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さて、その民宿の当たり外れをどこで決めるか、という話になるのだが、私の場合は、民 宿の大きな特徴である1泊2食の「食」が大きなファクターとなる。「素材」と「素材の 作り手」、「料理の作り手」「寝る場所」の距離が近いこと。小さなお宿だからこそ、す ぐに自分と相性のいいところがはっきりとみえるのだ。 煮物やお味噌汁のだしはちゃんとひいてあるか、調味料の好みはどうだろう?置いてある お酒の種類は?お腹いっぱいになったあとにくつろげるような部屋なのか?金額とのバラ ンスは?などなど最初からジャッジする気はなくとも、いろいろ過去に泊まった宿や日常 と比較してしまうのは職業柄ゆえにしょうがない。この数値で測れない感覚が私にとって は大事な“ものさし”になるから。
家が広くて自然環境や歴史、食の素材をはじめとした地元の名物が豊富にある、だからお 客様をおもてなししたいというホスピタリティから民宿を始めたというケースをこれまで あちこちで聞いてきた。2代目がシェフとなって帰ってきて瀟洒なオーベルジュ、もしく は風土の文化を残すために宿そのものを地域の暮らし体感ギャラリーに……などなど、代 替わりをしてもそれぞれの使命を持って宿を続けているところもあり、ひとくちに民宿と いっても宿主のモチベーションも含めて多種多様。軽い気持ちで始めた宿が、いつの間に か生き甲斐になっていったというケースも聞く。誰かに伝えたいなあと思い、出かけてい くのは宿主の本質的なホスピタリティ精神が息づいているところで、宣伝活動にまで手が 届いていないところ。
国内外問わず、民宿はそのほとんどが家族経営なので、高級ホテルや温泉旅館と同様のサ ービスは期待できないのだが(そりゃあ、良心的な価格設定からみてもそうだ)、方言が 聞こえ、部屋のしつらえや食事に地方の暮らしを感じられるところが多く、旅先の風土を 体感するのにとてもいい。きれいに掃除が行き届いていたら、多少は自分好みのセンスで なくてもいい。重要な肝となる、暮らしの延長線にある「食」が素敵だったらたいがいは その精神が宿の隅々に現れているはずだ。
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グリーンツーリズムに力を入れている三種町の民宿では、各種体験プログラムを行っている。写真は「静山荘」オーナー森田さんに比内地鶏解体を教わる私。
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同じく三種町、田舎ぐらし大学みたね代表の柴田さんにオリジナル巻き寿司を習う。できた物はそのまま夕食に。旅で、ふだんに使える技術を学べる。
あきた白神だからこそ味わえる、郷土料理と素材使い
あきた白神地域の食の背景としては、冬が長く湿気が多いため保存のための発酵食文化が息づいている。お米を発酵させてつくる米こうじやしょっつる(第2話参照)は、今も変わらず欠かせない調味料だ。日本海の魚や山の獣肉、山菜など食材も豊富。米もとれるのでどぶろくも家庭で作られてきた。前置きが長くなってしまったが、あきた白神の冬の魅力を、「郷土食」で体感できる宿を下記にご紹介したい。
◯郷土料理体験とお家に招かれた気分になる、三種町「農家民宿しばたん家」
「田舎ぐらし大学みたね」代表の柴田千津子さんが営む農家民宿。数々の料理コンテストに名を連ねる柴田さんの郷土料理のおいしさに、地元の人たちも行事の宴会をお願いするほど。8畳2間の座敷を使わせていただき、ひろびろと過ごした。朝食の烏骨鶏の卵は、柴田さんのご主人が手塩にかけて育てたもの。
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あきた白神地域で新米の時期につくるという“だまこ”を習う。作り方は白いごはんを丸めるだけなのだが、手のひらで真ん丸にするのが難しい。
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ホットプレートで香ばしく焼いただまこやきりたんぽは、昼間に解体体験でさばいた比内地鶏を入れた鍋の中へ。濃厚な鶏のダシがじんわりと染み込む。
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ブリコ(子入りハタハタ)の飯寿司。家庭によってずいぶんと味が変わるようで、八峰町の浜のかあちゃんの作ったもの(第2話参照)とは全く味が違う。
◯日本海の海の幸を存分に味わう、八峰町「民宿いがわ」
ハタハタ漁で有名な八峰町八森の海岸沿いにある「民宿いがわ」は、日本海の幸を求めて旅する人におすすめ。なんたって仲買人のご主人が営む宿だから、厳選された新鮮な魚が食卓に並ぶ。私が訪れた際には、ガサエビ、ケガニ、タラ、タラの白子、ナマコ、ヤリイカなど冬の味覚がずらり。地酒の白瀑が進む!
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目の前の海では、旅行者の期待する「果ての日本海」らしい景色が見られる。近年、外国人観光客がファミリーで貸し切り、滞在することもあるとか。
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タラの白子を大根おろしでたっぷりと。煮魚、茹でガニ、メバル塩焼きなど魚介尽くし。初夏の岩ガキ、アワビ、ウニ、11月の沖合で獲れるハタハタもいい。
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井川洋子さんの料理を目当てに、毎年、魚の旬を見計らってくるリピーターも。「悪天候で不漁のときもあるので、事前にご確認くださいね」(井川さん)
◯おばあちゃんの愛情料理をお腹がはちきれるほどに! 藤里町「清流荘」
山間部に位置するため、八峰とは食文化が一変。塩漬けした山菜料理やいぶりがっこ(燻した大根の漬物)など発酵食品の知恵が満載の料理が食卓に並ぶ。料理をするのは中川ツヨさん。もとは集会所だった広大な畳の間を使うため、夏はグリーンツーリズムで白神山地を訪れる人たちが大勢で昼食を食べにくる。
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元々、集落の集会所であったが、宿泊所として使用されている。きれいなお風呂も完備。寒い時期でも廊下も部屋も暖かく、快適に過ごすことができる。
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藤里の昔ながらの味を伝える中川ツヨさん。全国の飯場で働き、合間に各地を旅してきたため、各地の風土、民俗に明るく、特に食文化の話は尽きない。
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わらびの酢みそ和え、白菜の麹漬け、つぶ(大タニシ)、ブナハリタケなど、山の幸づくしの食卓。ツヨさんや集落の方と食材のおしゃべりが尽きなかった。
◯あきた白神のオーベルジュは日本酒好きに! 能代市「川どこべらぼう」
全国の日本酒ファンに知られた能代の名居酒屋「酒どこべらぼう」(夏コラム第1話参照)のおかみさんが営む宿。夜は修行を積んだ板前が腕をふるうだけに、民宿というよりも和製オーベルジュといった趣き。夜は和食のコース料理となるが、繁華街にある「酒どこべらぼう」で飲んでここに泊まる人も。
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米代川に面した和室が5室。ヒノキ風呂は24時間入浴可能。全館、無垢の秋田杉を使った贅沢な造りは、一泊するとその空気感や肌触りでわかるはず。
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飲んべえの翌朝に嬉しい朝ごはん。名物「しょっつる」は出汁としょっつるでやわらかな旨味たっぷり。ギバサ(海藻)など食材にもあきた白神らしさが。
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ご主人の成田繁穂(しげお)さんはヨーロッパで23年間ひよこの鑑定士をされた後に帰国。 「酒どこべらぼう」を引き継ぎ、宿は白神山地に魅了された奥様のノリさんが営む。
あきた白神の民宿の冬の魅力は、海側ならばハタハタやタラなどの新鮮な魚介類、山側な らば比内地鶏や発酵の知恵が生きた料理を食べられること。味の傾向は少々甘め。量はと にかく多い。せっかく足を運んでくれたのだから、おもてなししなくては、という気持ち が伝わってくる。私は、秋田に行くと毎回軽く3kgは体重が増加する。だって、食べ物も お酒もおいしいんだもの。
ご紹介した宿はいづれも女性ひとりが旅をしていて泊まりやすいところばかり(清流荘は できれば大勢で泊まったほうが楽しい)。1泊2食で1万円に満たない価格で泊まれ、コ ストパフォーマンスの面からも旅人のそばに寄り添ってくれる。お母さんの愛情たっぷり の、おいしいあきた白神の民宿に万歳!
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◎テーマにちなんで、もう1件!
農家民宿 花みずき
八峰町にある料理自慢の民宿。夏のアワビの時季には、アワビ尽くしの御膳をいただける。秋田では夏に鍋を食べる習慣があり、じゅんさいのたっぷり入ったじゅんさい鍋が出てくるときもある。
※このコラムは2016年冬頃に執筆されたものです。
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朝比奈 千鶴
トラベルライター。「暮らしの延長線の旅」をテーマに活動。2016年2月、喜久水酒造(能代市)での酒造り修行を終了し、「108代醸蒸多知」の称号を得た。各地で出会った残すべき情景をモノやコトとして編集するほか、著書『Birthday Herb 』(朝日新聞出版)では薬用ハーブのある旅と暮らしのエッセイを綴っている。
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