コラム

2015夏 第1話「情熱の日本酒伝道師とおいしい日本酒の旅」

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2015夏 第1話「情熱の日本酒伝道師とおいしい日本酒の旅」

※このコラムは2015年夏頃に執筆されたものです。

トラベルライターという職業柄、あちこちでその場所にその人あり!という地域の「顔」に出会うことが多い。昨年、訪れた能代でも例にもれず、全国の日本酒ファンに知られる酒店があった。日本列島のずいぶん北に位置する、秋田県能代市にあるお店の名前は「天洋酒店」。一見、大通りに面した普通の酒屋に見えるのだが、一歩中に入ると、何かが違う。壁にも冷蔵庫にも四合瓶と一升瓶がずらり。ビールやワインの気配のない、秋田の日本酒専門店だ。
さすが、清酒消費量全国第二位(平成23年度国税庁成人1人当たりの都道府県別酒類販売(消費)数量統計より)の土地柄、日本酒専門店が繁盛しているとはさすが、と思いきや、地元の顧客もいるけれど全国発送が多いという。それは、店主の浅野貞博さんの秋田の酒に賭ける情熱と蔵元から厚い信頼を受けている人となりが全国の日本酒ファンに既に知れ渡っているからである。

話すテンポも冷蔵庫からお酒を出してくるタイミングもリズミカルな天洋酒店の店主、浅野貞博さん。秋田・日本酒レボリューションの影の立役者。

そうはいいながらも、平成9年に秋田の日本酒専門店に転換して18年経つというのに、い まだに「ビールちょうだい」と入ってくるお客さんもいるという。ふだんはマニアの間で 一目置かれる浅野さんも、そんなお客さんに日本酒伝導師としてにっこりと惜しげもなく とっておきのお酒を試飲させるのでありました。実は、私も以前お店で試飲をしたひとり。 日本酒はたまにおつきあい程度しか飲まなかったのだが、秋田の日本酒ファンになるまで はあっという間。試飲25本という恐ろしい数の日本酒を浅野さんの語るストーリーに乗せ て飲んでしまえば、もう伝導師の思いのままに。あるときは蔵の歴史、あるときは酵母の 種類、あるときは精米具合などをテーマに順序立てて試飲が進んでいく。ガイドの卓越し た技術ゆえに、蔵のストーリーがしっかりと舌と頭の記憶に刻み込まれていくのだ。恐る べし、カリスマ日本酒伝道師。

能代の蔵元・喜久水酒造を試飲、先進的な取り組みで知られる名物社長、喜三郎さんと後継者の喜一郎さんの名を冠した酒のエピソードが楽しい。

6人で四合瓶5本。個性的な5本が揃う。贅沢な会に、日本酒ファンはテンションあがりっぱなし!さすが日本酒王国、地元の人たちは酒が強い。

カリスマ日本酒伝道師とべらぼうに酔う

二度目の能代では、浅野さんと一緒に夜の能代に出かける機会に恵まれた。この店もまた、“能代の顔”といった居酒屋「酒どこべらぼう」は、浅野さんおなじみのお店だ。奥座敷に陣取り、浅野さんはお店から持ち込んだ酒を並べた。もちろん、あきた白神地域の酒は外していない。

壁にかかっているのは能代名物ふたつ。左の「能代ねぶながし」は「役七夕」の別名で、右のべ〜っと舌を出しているのは「能代べらぼう凧」。

現地では「がっこ」と呼ばれる燻したたくわんのいぶりがっこや、歯ごたえのあるもずくのような「くろも」、地元の人たちが酒の肴にするのには賛否両論のある「赤ずし」、シャキシャキした山菜の「みず」、5〜8月しか食べられない三種町の生じゅんさいなど、あきた白神地域の旬の味が出された。なかでも、比内地鶏のスープでいただくじゅんさい鍋は、じゅんさいのとれる時期にしか味わえない、この地域ならではのごちそうだ。熱々のスープとたっぷりのじゅんさいをほおばり、特別純米酒「白神のめぐみ」をすすすっとひとくち流し込む。同じ白神の清らかな水で造られた珠玉の特産物が口の中でハーモニーを奏でる贅沢さよ!

手前が「がっこ」。ぽりぽりと噛めば噛むほどスモーキーな旨味でお酒が進む。右奥が「赤ずし」。甘酸っぱくてねっとりとした食感が自分としては好み。

聞けば、べらぼうの大将はじゅんさいの産地、三種町出身。居酒屋を開く前はひよこの鑑 定士として世界中あちこち旅をして帰国して、この店を開いた。「ひまだったからね」と ニヒルに微笑む大将は、長く住んだヨーロッパでは、地元の人たちに愛されている大衆酒 場が好きだったという。だから、自分のお店ではそんな場作りを目指した。店内に飾られ た能代のべらぼう凧、地元の酒を中心に全国から選りすぐった日本酒、そして地元料理が あることから、旅人はここに来ただけで、「ああ、能代に来たなあ」と満足できる。地元 の人たちも肩の力を抜いてリラックスして飲んでいる。よって、天洋酒店を目指して能代 にやってくる日本酒ファンにも欠かせないお店として人気なのである。

春の終わりから夏にかけてとれる三種町の生じゅんさいを惜しげもなくどっさりと!比内鶏のダシが利いているじゅんさい鍋は、あきた白神地域の夏のご馳走だ。

浅野さんはこの店で日本酒のイベントを開催することがある。その特権を生かして、今回 は大将にお願いした料理にあわせて四合瓶を5本持参した。1本目はきめの細やかな泡が 口当たりよいスパークリング、2本目は純米吟醸、3本目は純米、4本目は〜〜〜と料理 にあわせて開け、日本酒好きの仲間で味わう。この仲間は、浅野さんの育てた地元の伝道 師たちだ。この人たちが私を天洋酒店に誘ったお陰で、またここに来ることになってしま った。さて、次は誰を連れてくるだろう?こんな風にゆっくりとじわじわと日本酒ファン を作っていくのは浅野さんの密やかな目論見なのである。おそらく。

酒宴にて。お店のときとは打って変って、秋田の日本酒の未来についてわりと真剣に語る浅野さん。「秋田の日本酒は今が面白いときなんですよ」

今や日本酒業界だけでなく世界にも知られていっている秋田の若手蔵元集団、NEXT5の 前身として、秋田県の若手のいる7つの蔵を集めてNEXT7を主催した浅野さん。その頃 は、まだNEXT5の萌芽もなく、その後、東京から経営者の後継が次々と故郷に戻り、家 業を継いだ。ある人はジャーナリスト、ある人は音楽事務所など変わった経歴の人ばかり だ。その流れが2010年にNEXT5結成へつながっていったと聞く。リアルにその現場に立 ち会って来た人たちの話は臨場感があって、面白い。 ふだんはワイン党の私も、浅野さんの日本酒に対する愛情あふれる姿勢に心を打たれっぱ なし。米と米麹と水というシンプルな素材のみで造られた秋田の純米酒を何本も試飲でい ただいているうちに、すっかり日本酒ファンになってしまった。短時間でその気にさせて しまうなんて、すごい伝道術だ。「伝え方が大事なんですよ」とほくほく顔の浅野さん。 店には、自分が惚れ込んだ酒しか置かないのがポリシーだ。秋田の酒=安い燗酒というイ メージから脱皮しつつあるのは、造り手と売り手の一連託生の努力があってこそ。 少しずつ天洋酒店から酒を取り寄せ、秋田の日本酒を見つけては買って1年が過ぎた。ま ずは「秋田の酒」という基準が舌にできてきたような気がする。浅野さんを囲む酒の席で は、夜が深まるにつれ、酵母の話へと進んでいった。むむむ、難易度が高くなってきたぞ。

「酒どこべらぼう」の壁には、世界中から来たポストカードに、べらぼうのイラストが飾られている。旅人好きしそうな店内なのは、店主が旅人だからか!?

あきた白神地域来訪二度目も、たくさん飲んだ。ふと、浅野さんを見ると、まるで酔っ払っていない。なぜかなと思ったら、そうだ、浅野さんはふだんはテイスティングに徹し、自身はアルコールを飲まないのだった。さすがプロの伝道師、酔い潰れることなくちゃんと注文をとりつけた。「さ、今回は何と何にする?」

お気に入りのお酒を嬉しそうにテイスティングさせる浅野さん。ほんと、秋田の日本酒への愛情をひしひしと感じます。

“おだやかな顔でにっこりと 手には日本酒、心に情熱“

◎テーマにちなんで、もう1軒!

ホッピーハウス 能紀(のんき)
能代名物、豚なんこつとホッピーを楽しめるお店。黒と白の生ホッピーとやわらかい豚なんこつを使った料理が地元の人たちにも人気だ。注文を紙に書いてスタッフに渡す。そんなシステムも面白い。おすすめはなんこつ酢味噌。他ではなかなか味わえない、ホッピーの進む一品だ。

※このコラムは2015年夏頃に執筆されたものです。

朝比奈 千鶴

トラベルライター。「暮らしの延長線の旅」をテーマに活動。2016年2月、喜久水酒造(能代市)での酒造り修行を終了し、「108代醸蒸多知」の称号を得た。各地で出会った残すべき情景をモノやコトとして編集するほか、著書『Birthday Herb 』(朝日新聞出版)では薬用ハーブのある旅と暮らしのエッセイを綴っている。

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